第19回

（東京都港区）

伝統と感性のエッセンスで蘇った
大人のためのプライベートホテル

ホテルのボーダレス化という傾向が指摘されて久しい。訪日外国人旅行者の増加によるホテル不足が背景にあるとも言われている。一方、過去に類を見ない形態といえば何もホテルばかりではない。旅というカテゴリーで考えても、飛行機でいえばLCC（格安航空会社）や格安高速バスなど移動手段までも過去に例のない業態が台頭している。ホテル／飛行機／バスと単純に一括りには区分できない進化を遂げているのだ。旅のボーダレス化とも表わせるが、ホテルカテゴリーは新たなフェーズに突入した。

東京都港区六本木。都心のスタイリッシュさと艶やかさがハイセンスな人々を惹きつける。“夜のプレイスポット”とも称される賑やかな街には、日々刻々と流行の最先端が現われる。六本木交差点を中心とした派手なイメージとは趣の異なる六本木7丁目。喧噪とは隔離されたような静かな一角に隠れ家的な「HOTEL Roppongi」はある。志賀直哉の「小僧の神様」や田中康夫の「なんとなくクリスタル」の小説の舞台にも使われた、知る人ぞ知る「ホテル六本木」が、最先端の設備と建築家の希有な感性で蘇ったのだ。

最先端や希有な感性とはいえ決して奇をてらったものではない。文化的価値の高さに快適性や質感といったエッセンスが鏤められている。もはやホテルのカテゴライズが滑稽に見えてしまうほどの次元。まさにホテルのボーダレスは文化の域にまで到達しようとしている。最高立地にしてひたすら新しさのみを追求する方法もビジネスとしては正攻法であろう。一方、文化的な価値を尊重しつつプライベート感や快適性の高さを追求する思考には、ある種の哲学すら垣間見える。

各客室、空間に明るい広がりをもたせつつも、伝説のホテルたる重厚感は損なわれていない。ハイフロアには、露天風呂まで設えたオープンエアスペースを擁する客室まで誕生。地下1階にはシークレットバーが。まさかここにバーがあろうとは。意表を突かれるまさに“シークレット”バーだ。バーでチェックインしつつホテルへ直接インできる導線も秀逸。この規模のホテルにして様々なシチュエーションの想起は“ホテルの快適性”という基本も思い出させてくれる。

多様な価値観が混在する街六本木に、新たな価値をもたらすサンクチュアリの誕生である。


HOTEL Roppongi
東京都港区六本木7-19-4
TEL.03-3403-1571

ホテル評論家　瀧澤 信秋氏
日本で数少ない宿泊者・利用者目線のホテル評論家として、テレビやラジオへの出演、雑誌・新聞連載など、多方面で活躍。著書に「365日365ホテル 上」（マガジンハウス）、「ホテルに騙されるな！ プロが教える絶対失敗しない選び方」（光文社新書）など
http://www.takizawa-nobuaki.net/hotel/