@「長期事業」という特徴
有料老人ホーム事業は、高齢者に「住まい」と「サービス」を提供するという事業の特性から、長期計画を必要とする。20 〜 30 年の長期にわたる堅実な事業収支を計画し、実践する必要がある。そして、この事業収支は一定ではなく、開設からの経過時期に応じて変化する。そのなかでも、収支バランスが特に大きく変化するのは、開設後1、2 年の満床になるまでの期間である。開設後、入居者数がふえていく期間のうち、入居者数が採算分岐点となる一定数に達するまでの間、施設経営は苦しい状況(赤字状態)が続く。次に、採算分岐点を超えてから満室となるまでの間は、赤字状態を脱して収入は順調に増加する。満室に達した以後は、入居者数がふえている時期に比べて、収入の伸びは停滞し、一定の収入額を維持するようになる。
このように事業収支のバランスは、開設以降、その時期によって大きく変化する。ゆえに、満室になるまでの期間の予測は特に慎重に行なわれなければならない。これらの数値を読み違えると、事業が軌道に乗る前に暗礁に乗り上げることも十分に考えられるためである。
開設初期に比べ、満室に達した後の事業収支の変化は緩やかになる。そのため、収支の各科目について固定的に試算する運営事業者が多い。その理由は、厳密に試算を行なうには、条件や係数の設定が複雑となり、自社での運営実績の少ない事業者にとっては、実数に基づいた厳密な試算自体が困難だからである。しかし、満室以後も、科目ごとの収支は確実に変化しており、固定していると判断するのは早計である。
その変化要因はさまざまだ。たとえば、開設より数年が経過すれば、入居者の平均要介護度が変わり、それに応じて介護保険収入も施設労務費も変動する。建物設備は経年劣化し、また、入居者の設備備品に対するニーズも変化する。それに合わせた大規模な施設修繕や設備投資などが必要となることが想定される。さらに、有料老人ホームをはじめとする介護サービス事業では、介護保険法、老人福祉法等の定期的な法改正、制度改正があり、大きな影響を受ける。
このような複数の変化要因を綿密に捉えて試算を行なおうとすると、その試算は非常に複雑になり、困難な作業となる。そのため、大枠で捉えて、ある程度簡略化して考えることは致し方ないともいえる。
しかし、満室となって以後の事業計画は、最も重要視しなければならない部分であることは強調しておきたい。なぜなら、満室以後の状態が、運営期間の大半を占めるからである。
運営事業者は、開設前に、実現性を意識した収支計画を立案するだけではなく、開設後も実績と照会した計画の見直しを定期的に行ない、時には軌道修正を図ることによって、長期にわたって運営を継続できる収支計画を作成しなければならない。
A「ストック事業」という特徴
有料老人ホーム事業では、事業安定のために、常に一定数以上の入居者確保を必要とする。そして、一定数以上の入居者を確保できれば、退去がない限りはその翌月も堅調な収入を期待できる。そうした構造から、安定的な収益の確保が期待できる事業であり、継続的に収益を得られるストック事業に分類される。
ただし、このように入居者がふえれば収入も増加するが、逆に、入居者が減れば収入も減少する。
特に開設直後のように入居率が低ければ常に赤字状態であり、入居者を確保し、その数が採算分岐点を超えるまで、毎月赤字額は累積され続ける。また、入居者がふえていったんは黒字化できたとしても、退去が続き、新規入居がなければ、収益率は容易に低下する。
つまり、有料老人ホーム事業は、収入変動の少ないストック事業であるが、「満室状態の維持のためには、積極的な努力が常に必要」な事業でもある。一度満室になればその後は安心できるというものではない。