現地のプレーヤーに聞く実情【抜粋版】
――PM編集部
熊本の不動産市場がいま、かつてないほどの活気を帯びている。2022年の地価調査で全国1位の上昇率を記録したのも同県だった。その要因は、半導体受託生産世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)による新工場建設である。現地の盛り上がり具合について、地場の不動産会社3社および不動産鑑定士に話を聞いた。
2021年12月、TSMCは国内半導体メーカーのソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)と共同で新会社「ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング(JASM)」を設立(のちにデンソーも参画)、新会社を通じて熊本県菊陽町に新工場を開設する[図表]。24年末までに稼働を開始する予定で、投資額は約9,800億円にもおよぶ。
TSMCの進出を皮切りに、企業が続々と半導体関連の設備投資計画を打ち出している。東京エレクトロンは、TSMC工場から2kmのところにある子会社の東京エレクトロン九州合志事業所(合志市)に半導体製造装置の開発棟を新設する。投資額は約300億円で、竣工は2024年秋を予定。またジャパンマテリアルは、菊陽町と隣接する大津町に半導体製造工場向け特殊ガス供給配管の設計加工を行う事業所を開設する。投資額は約30億円で、計画完了は24年1月を予定。富士フイルムは、菊陽町にある子会社の富士フイルム九州工場内に、半導体製造に使用される研磨剤の生産設備を新設する。投資額は約20億円で、稼働開始は24年1月を予定。化学品の輸送や保管などを手がけるNRSは、大津町に半導体原材料にかかわる各種化学品の倉庫を23年7月に新設する。
こうした工場の新設や増設に伴い、県内には多くの雇用が創出されることとなる。その規模はJASMだけで1,700人(台湾のTSMC本体から200人、SSSから300人、現地採用やアウトソーシング、人材派遣で1,200人)、関連企業を含めると最終的に7,000~8,000人と見込まれている。さらに2022年より開始された建設工事に伴い、1,000人規模の工事関係者も流入(うち6割が県外)、23年には3,000人~4,000人に増える予定とのことだ。
これだけの雇用が熊本で生まれる結果、その受け皿となる賃貸住宅へのニーズは急速に高まっている。「工場開設が昨年11月に発表されて以降、当社への問い合わせが急増している。正直な話、そのペースに当社のキャパシティが追い付いていないのが現状」。そう話すのは、地場大手の不動産会社であるコスギ不動産ホールディングスの取締役 小杉竜三氏だ。同社では2022年1月より専任チーム4名による「菊陽半導体推進プロジェクトチーム」を発足。企業や地主、行政、金融機関からの情報収集や賃貸・売買の仲介、土地の取得などを行っている。
小杉氏によると、2022年初頭から鹿島建設や関電工など建設・設備関係の企業からまとまった数の社宅斡旋依頼が寄せられた。計300~400件の契約が発生したそうで、うち100件前後をコスギ不動産で取り扱った。4月からはTSMCと月10件程度の契約が入り、10月からは半導体の部品サプライヤーからも依頼が寄せられているという。「単身向け物件とファミリー向け物件の双方でニーズが見られる。前者は県外から派遣されてくる日本人、後者はTSMC本社から赴任してくる台湾人が主な需要層」。
同じく熊本本拠の不動産会社大手、明和不動産もTSMC関連の問い合わせを数多く受けている。同社でTSMCの社宅斡旋業務を担当する執行役員 賃貸事業部 部長の福島裕賀氏のもとには、12月上旬に実施した本誌インタビューの最中にもTSMCからの電話がかかってきたほどだ。同社は2022年2月に「菊陽支店準備室」を設置のうえ、2023年8月に支店を開設、コスギ不動産と同様に体制強化を図る。社宅斡旋ではこれまでのところ、関連企業325件の実績を積み上げている。そのほか長年低稼働率を余儀なくされていた築30年以上・賃料3万円前後の物件にて、工事業者の一括借りニーズを取り込むことにも成功した。
住宅以外のアセットタイプに対するニーズはどうか。工場誘致で周辺人口が増えれば、そのエリアにある商業施設も好影響を受けそうなところだ。しかしながら「客足や売上への効果はこれからといったところ。TSMC進出を見越したテナント企業の出店や増床といったニーズは今のところ顕在化していない」と、地場の商業PM会社カリーノの常務取締役 カリーノ下通 ブロック長 井上孝俊氏は話す。同社は熊本市中心部の「カリーノ下通」と菊陽町の「カリーノ菊陽」などを運営している。
それでも台湾人の移住を見越した取り組みは着々と進めている。カリーノ菊陽ではクリニック機能の充実化を図っており、本館内にアトピー性皮膚炎治療専門の皮膚科、敷地内に独立建物の内科、歯科、眼科を抱え、さらに小児科の誘致も目指しているところ。海外赴任の不安要素となりやすい医療体制を整えている。また社内では台湾の言語や慣習に関する講習の実施、施設内の案内サインへの台湾語表記も検討している。「今後はテナント向けに台湾人客への対応に関する講習を実施できたら」(井上氏)。
熊本県内の地価が大幅に上昇している。県が発表した2022年7月時点での基準地価によると、菊陽町の工業地が前年比+31.6%の上昇率を記録。これは全ての都道府県や用途を含めた調査地点のなかで第1位の数値である。工業地では菊池市や大津町もそれぞれ+23.7%、+19.6 % と大きな上昇率を示した。TSMC進出の影響で、工業用地へのニーズが著しく伸びていることが見て取れる。さらに住宅地や商業地も、工業地ほどではないが菊陽町を中心に地価上昇が見受けられる(住宅地+8.8%、商業地+13.6%)。やはりTSMC進出を受けて、宅地や事業用地に対するニーズが増大しているといえよう。
「熊本の不動産市場がここまでの熱気を帯びるのは、歴史的にもはじめてのことではないか」。そう目を丸くするのは、県内の基準地価判定に携わった石山不動産鑑定事務所の石山博氏。TSMC進出が発表されて以降、基準地価の1.5~3倍で土地取引が成立するケースが散見されるそうだ。
月刊プロパティマネジメント2023年1月号では、具体的な投資家の動向や、TSMC進出による不動産市場のリスク・課題などについてもまとめている。