歴史ある宿場町の商店街に経済効果をもたらす「まちまるごと道の駅」という試み
CASESTUDY②地方の注目事例
江戸時代、幕府が直轄する街道の1つ「山陽道」(西国街道)の18番目の宿場町として、大名の参勤交代制度とともに栄えた矢掛宿──現在の岡山県矢掛町は、当時の街並みの特徴が良好な形で残される全国的にも希少な町だ。かつての山陽道に面した「旧矢掛本陣石井家住宅」および「旧矢掛脇本陣高草家住宅」という本陣・脇本陣がそれぞれ往時の姿を伝え、ともに重要文化財の指定を受けている。
そうしたなか矢掛町では地方都市の常として定住人口が長期的な減少傾向にあり、さらに郊外の大型複合商業施設の出店により商店街の疲弊が進むという課題解決を念頭に、歴史・文化的資源を活かした交流人口の増大による地域活性化を図るべく、観光施策に注力する方針を打ち出す。その象徴的な存在となったのが街道周辺の古民家4棟を改修して、2015年に開設された分散型の宿泊施設「矢掛屋INN&SUITES」。分散型ホテルの普及啓発を行なう本場イタリアのアルベルゴ・ディフーゾ協会によりアジアでの第1号認定を受けるに至っている。
このことから矢掛町では15年を「観光元年」と位置づけ、旧・山陽道(現・本陣通り)を中心とした整備を推進、その一環として、21年3月にこれと並行して走る国道486号線沿いに開設したのが道の駅「山陽道やかげ宿」だ。その最大の特徴は、訪れた人に隣接する本陣通りの商店街を利用してもらうため、あえて飲食機能や土産品などの物販機能を設けないという、道の駅としては全国でも珍しい構成にある。「いわば来訪者を商店街へ誘導し、周遊を促すゲートウェイとして、情報発信の役割に特化し、市街地の包括的な活性化を目指す『やかげまるごと道の駅』という基本コンセプトに則ったものです」と語るのは町の建設課管理住宅係主査佐伯淳成氏。
敷地面積約4,530 ㎡に39台の駐車場を擁す一方、地上2階建ての駅舎自体はそのコンセプト通り観光案内コーナーや交通情報室、休憩コーナー、トイレなどを設けるにとどまる。
一方で、建築および内装デザインの監修には、岡山県出身でJR九州のラグジュアリーな観光列車「ななつ星」など多くの鉄道車両を手掛けた工業デザイナー、水戸岡鋭治を起用、意匠性の高い個性的な空間とすることでランドマーク的な存在感を発揮している。1階の休憩コーナー「YAKAGE LOUNGE 」はホテルのフロントを思わせるカウンターにコンシェルジュを配置、町特産の土産品の展示(購入はできない)や大型モニターによる商店街の動画による案内など、積極的に商店街に誘導する仕掛けが施されている。
開発事業費は約11億7,000 万円(うち駅舎の建築費約3億5,000 万円)。岡山県の負担が約9億円、町の負担が2億7,000 万円という内訳だが、国による補 助金等もあり実質的には約4,000万円の負担にとどまる。
運営・施設管理に関しては町も出資する第三セクター㈱やかげ宿が指定管理者として執り行なう。同社は本陣通りに面して築約90年の古民家を再生して14年に設置された地域の文化、観光の交流拠点「やかげ町家交流館」の運営も手掛けている。
開設後の集客効果はどうか。当初、年間利用者数を約10万人と見込んでいたところ、開業4か月で達成、初年度は延べ24万人が来館。翌23年度19万4,000人、24年度16万4,000人とオープン効果は薄れるが、当初計画を依然上回る形で推移している。また注目すべきは町内の観光客数の増加に伴い、商店街の店舗数が15年の36店舗から道の駅が開業した21年12月時点で67店舗と倍増近い拡大をみせていることだ。
ちなみに開業年の21年度は国から本陣通りの宿場町の街並みを「重要伝統的建築物群保存地区」として選定を受け、一方、官民連携による通りの無電柱化や舗装の高質化など一連の工事も完了する節目の年度になったことも一体的に奏功しているものと思われる。こうした経緯から「旧山陽道の歴史ある街並みが広く再評価されるとともに、実際に訪れていただいた観光客の方々にも景観面や歩行の快適性の向上により満足感を提供できる環境が整備できたと考えています」(佐伯氏)。
とはいえ、「まるごと道の駅」の構想はこれで完了したわけではない。現在、道の駅の前の国道に沿って流れる小田川の河川敷東西300mにわたり親水広場やオートキャンプ場等を整備する「小田川(嵐山)かわまちづくり」という整備事業(約1万6,700㎡)が進められ、25年度の完成を目指している。指定管理候補者はアウトドア用品ブランド大手の㈱モンベル(大阪市)。
<続きは本誌にて>