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非常時の賃料減免請求対応へのポイント(民法の危険負担の規定)

執筆|光風法律事務所

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 東日本大震災などの天変地異のような非常時の場合には、建物の一部が物理的に壊れてしまって使用することができなくなることもあれば、水道・電気・ガスが通じなくなることもある。あるいは、コロナ禍で緊急事態宣言が発令されるなどして、結果として、一時的に建物を使用することができなくなることもある。このような場合に賃料がどうなるのか、賃料減免請求の可否について解説する。

危険負担の問題に関する民法の規定

 東日本大震災やコロナ禍による緊急事態宣言等の非常時において建物を使用収益させることができなくなった場合(デベロッパーの使用収益させる債務が履行不能となった場合)、それはデベロッパー(債務者)の落ち度によるものではない。そこで、このように契約当事者の一方の債務(ここではデベロッパーの建物を使用収益させる債務)が債務者の落ち度によらずして履行不能となった場合に、相手(債権者)の債務(ここではテナントの賃料支払債務)も消滅するのかが問題となる。

デベロッパーの落ち度によらず建物を使用収益させることができなくなった場合の賃料支払債務

 デベロッパーの落ち度により建物を使用収益させることができなくなったのであれば賃料支払債務も消滅するのが当然であるが、デベロッパーの落ち度によらずに建物を使用収益させることができなくなった場合、たとえば、台風により施設の周辺が停電してしまったような場合は、デベロッパーに責任はないし、またテナントは相変わらず什器備品を建物内に置いているので、デベロッパーとしては賃料を請求したいと考えるのが自然な心理である。
 他方、テナントとしては、デベロッパーに落ち度はないとはいえ、建物で営業できなくなったのであるから、賃料は支払いたくないと考えるのもこれまた自然な心情である。これは、デベロッパーとテナントのどちらが悪いわけでもなく建物を使用収益することができなくなった場合に、賃料支払債務は消滅するのかそれとも依然として残るのかという問題であり、いわば天から降ってきた「危険」をデベロッパーとテナントのどちらが負担するのかという問題であるため、「危険負担」と呼ばれている。
 かかる危険負担の問題に関する民法の規定として、民法「第611 条第1項」と「第536 条第1項」とがある。
 この二つの規定は、適用される条件に違いがある。具体的には、第611 条第1項は使用収益させる債務が「一部」履行不能である場合に適用されるのに対し、第536 条第1項は「全部」履行不能である場合に適用される。しかし、いずれの規定も危険はデベロッパーが負担すべき(賃料支払債務は消滅する)との考え方をとっている点は同じである。これは、建物を使用収益させることが履行不能となっているのであれば、賃料債務も消滅すると考えるのがやはり当事者の公平に資すると考えられているからである。したがって、重要なのはどちらの規定が適用されるのかではなく、建物を使用収益させることが履行不能となっているかどうかである(履行不能となっているならどちらかの規定が適用される)。
 そこで、以下、民法第611 条第1項と第536 条第1項の適用条件について説明した後、履行不能が認められるための判断基準について解説する。

民法第611 条第1項

 2020年4月1日から改正民法(現民法)が施行されたため、同日以降に締結された賃貸借契約には改正民法(現民法)が適用される。しかし、改正民法が施行される前、すなわち2020 年3月31 日以前に締結された賃貸借契約には、同日以降に更新されたものであっても、旧民法が適用される。したがって、現状ではまだ旧民法が適用される賃貸借契約が大半であろう。そこで、以下では、旧民法と現民法の両方について解説している。
(旧)民法第611 条第1項
 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。

改正民法第611 条第1項
 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
                                     (注)下線は筆者によるもの
 旧民法第611 条第1項は、「賃貸借の目的物の一部が『滅失』したときは、賃借人はその滅失した割合に応じて賃料の減額を請求できる」とするものである。条文上は、目的物の一部が「物理的に滅失」した場合に限り賃料の一部減額が認められることとされている。もっとも、判例では、物理的な滅失以外の事由により使用収益が一部不能となった場合にも、民法第611 条第1項の類推適用が認められている。なお、類推適用とは、条文に定められた要件(物理的に滅失)が満たされないためその条文を適用することはできないものの、類似した状況があって(使用収益が一部できなくなっている状況)、その条文の趣旨(本件では当事者間の公平)からすると適用を認めるべき場合にとられる手法である。
 他方、改正民法第611 条第1項では、「目的物の一部が使用収益できなくなった場合には、使用収益できなくなった割合に応じて賃料が減額される」と規定されている。旧民法の条文では、「物理的に一部滅失した場合」に限られていた(ただし、上記のように、判例では物理的に一部滅失した場合以外にまで対象範囲は広げられていた)のに対し、改正民法では、条文上も、「物理的に一部滅失した場合に限らず、目的物の一部を使用収益することができなくなった場合」は賃料が減額されることが明確となった。
 以上から、旧民法によっても改正民法によっても、目的物の一部が使用収益できなくなれば、すなわち一部履行不能となれば、賃料は一部減額されることとなる。

民法第536 条第1項

(旧)民法第536 条第1項
 (中略)当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務(建物を使用収益させる債務)を(全部)履行することができなくなったときは、債務者(デベロッパー)は、反対給付を受ける権利(賃料請求権)を有しない。

現行民法第536 条第1項
 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務(建物を使用収益させる債務)を(全部)履行することができなくなったときは、債権者(テナント)は、反対給付の履行(賃料支払債務の履行)を拒むことができる。
                                     (注)カッコ内の加筆・下線は筆者によるもの
 旧民法第536 条第1項は、当事者双方(すなわち債権者と債務者)の落ち度によらずに一方の債務の履行が全部不能となった場合には、履行不能となった債務者は反対給付(一方の給付に対して対価の意味をもつ他方の給付)も受けられないことを規定するものである。つまり、デベロッパー(債務者)の落ち度によらずに建物を使用収益させる債務の全部が履行不能となった場合には、デベロッパー(債務者)はテナント(債権者)から賃料を支払ってもらえない。
 他方、改正民法第536 条第1項は、当事者双方(すなわち債務者と債権者)の落ち度によらずに一方の債務の履行が不能となった場合には、履行不能となった債務の債権者は自分の負担している反対給付の履行を拒むことができると規定するものである。
 旧民法が、「債務者は反対給付を受ける権利を有しない(権利の不発生)」と規定していたのに対し、改正民法では、「債権者は反対給付の履行を拒むことができる(履行拒絶権)」と規定されている点が異なるが、デベロッパーはテナントから賃料を支払ってもらえなくなるという結論は旧民法と変わらない。

履行不能の意義、判断基準

 上記のとおり、民法第611 条第1項は債務の「一部」が履行不能の場合に適用され、第536 条第1項は債務の「全部」が履行不能の場合に適用されるという違いはあるものの、結局、建物を使用収益させる債務が履行不能となった場合にはどちらかの規定が適用されて、履行不能となった限度でテナントの賃料支払債務は消滅する。
(つづきは本書で)

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